ずっと、生きるのがしんどかった。
人と話すことがとにかく苦手だった。話していても相手の顔色ばかり気になる。「自分は人より劣っている」という感覚が、いつも心のどこかにある。でも、なぜそう感じるのか、長いあいだ自分でもわからなかった。
気づいたのは、立ち止まったときだった
体と心が限界を迎えて、休職することになった。社会に出てから20年以上経過していた。
仕事から離れて初めて、自分のことをゆっくり見つめ直す時間ができた。そのなかで、一冊の本に出会った。複雑性PTSDについて書かれた本だった。
読み進めるうちに、何度も「これだ」と思った。
自分の症状と照らし合わせてみた
複雑性PTSDの特徴としてよく挙げられるのが、過緊張・過剰適応・慢性的な自己否定だ。
自分の場合、思い当たることがいくつもあった。
過緊張
人と関わる場面で、常に体が構えている。初対面の人がいる場所に行くのが苦痛で、飲み会などは「帰ってこられたら良かった」と思うほどだった。マインドフルネスや瞑想を試したこともあったが、緊張が和らぐことはなかった。
過剰適応
相手の表情や声のトーンから「気分を害していないか」を常に読もうとする。自分の気持ちよりも、相手に合わせることが優先になってしまう。
慢性的な自己否定
「自分は人より劣っている」という感覚が、行動のあらゆる場面で顔を出す。評価されても素直に喜べない。失敗すると「やっぱり自分はだめだ」と結びついてしまう。
原因はどこにあったのか
振り返ると、幼少期から人と関わることへの恐怖心があった。
外見についての悪口を言われ続けた経験から、「目立つと嫌な思いをする」「人と関わると傷つく」という学習が積み重なっていった。声を上げても状況は変わらず、「誰に相談しても無駄だ」という感覚も身についていった。
それは当時の自分が生き延びるために必要だった戦略だったと、今はわかる。ただ、その戦略が大人になった今も自動的に作動し続けているのが、生きづらさの正体なのだと思っている。
このブログを始めた理由
複雑性PTSDは、まだ一般的にはあまり知られていない。うつ病や不安障害と症状が重なることも多く、自分がそれだと気づかないまま苦しんでいる人も少なくないと思う。
自分の経験を言語化することで、同じような感情をもっている人に何か届くものがあれば——そんな思いでこのブログを書いていくつもりだ。
完璧な答えは持っていない。まだ自分自身も途中にいる。ただ、同じような場所にいる人と、何かを共有できたらと思っている。
注意書き
この記事は、私自身の体験と一般的な情報をまとめたものです。症状の感じ方や背景は人によって異なります。つらさが続く場合や生活に支障がある場合は、医師や臨床心理士などの専門家に相談してください。
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